有機物をすき込んだら窒素欠乏?窒素飢餓のはなし
窒素飢餓とは?
「窒素飢餓(ちっそきが)」とは作物の生育障害のひとつで、新鮮有機物(未分解の有機物)を与えすぎることにより起こる窒素欠乏のことです。このように説明すると、窒素飢餓は作物と有機物の問題の様に見えますが、実際はここに「微生物」が絡んできます。
さて、私たちが畑へ有機物を入れる目的はいろいろありますが、大きな目的は ①土壌の物理性を改善したい、 ②作物に栄養をあげたい、 ③土壌微生物を活発にしたい などの理由ではないでしょうか? 3つの目的を並べましたが、これらの第一段階は全て同じです。それは「土壌に有機物を入れて微生物がそれを分解しエネルギーを得る」という過程です。
①土壌物理性の向上は、微生物が有機物を分解する過程で出る糊状の物質が土の粒子をくっつけることでできる団粒構造のおかげです。
②作物への栄養補給は、微生物が有機物を分解することで作物が利用できる形にするからです。
③微生物の活性を上げるためには、微生物が有機物を分解し増殖するための材料やエネルギーを得るためです。

ここで注目したいのが②と③は分解された有機物が作物の栄養になる場合と微生物自身に使われてしまうパターンがあり、投入する有機物の種類によっては「窒素飢餓」が発生するリスクが高まります。作物の栄養になるか、微生物に使われるか、その上窒素飢餓になってしまうのか?それはどの有機物をどの畑へどの位投入するかによって変わります。
微生物が有機物を分解する理由
「有機物」とは炭素(C)を含む化合物の総称です。人を含めた生物はみな有機物でできています。畑に入った有機物は微生物により分解されますが、微生物は有機物を分解しエネルギーを得て、そして増殖するための材料としても使用します。この流れをもう少し詳しくお話しすると、有機物の分解は微生物が体内に有機物を取り込み排泄される過程で行われます。体に取り込んだ炭素の2/3を呼吸(CO2)で排出しエネルギーを獲得し、残り1/3の炭素を増殖するための材料として使います。この時重要になるのは取り入れた炭素の量だけではなく、与えた有機物に含まれる窒素の量です。しばしば有機物の特性を見るためにC/N比(炭素率)という言葉が用いられますが、これは有機物に含まれる炭素(C)と窒素(N)の割合を示したものです。この炭素と窒素のバランスにより、窒素飢餓が起こるかどうかの分かれ道となります。

有機物のC/N比(炭素率)
畑に入る有機物は緑肥などの植物由来のものや家畜ふんなどの動物由来のもの、大豆や菜種、魚、骨粉などを基にした有機質肥料があります。また収穫後の残渣をすき込む場合も有機物の投入にあたります。先ほど重要なのは炭素と窒素の量とお話ししましたが、植物由来は炭素が多くC/N比は高く、動物由来は窒素が多く含まれC/N比は低くなる傾向があります。これは植物の場合は繊維質が多く炭素(C)を含む炭水化物が主な構成要素になっているのに対し、動物はその炭水化物に窒素(N)がついたタンパク質で体の多くが構成されるためです。

C/N比と窒素飢餓
ではどのような有機物を圃場に施用すると窒素飢餓が発生するのでしょうか?
例えばC/N比の違う有機物を用意します。①牛ふん堆肥(C/N=21)、 ②魚カス肥料(C/N=3;C/N比が低い)、 ③ソルゴー(C/N=42;C/N比が高い)の3つを圃場に入れた際の違いを比べてみましょう。それぞれの有機物の炭素と窒素の割合は、①牛ふん堆肥は炭素(C)21個に対し、窒素(N)が1個、 ②魚カス肥料は炭素(C)3個に対し、窒素(N)が1個、 ③ソルゴーは炭素(C)42個に対し、窒素(N)が1個となります。このままでは比較しづらいため、炭素(C)の数を合わせると下表のようになります。


まずは①牛ふん堆肥を圃場に投入してみましょう!微生物が分解を始めます。

微生物は有機物を体内に取り込み、活動するためのエネルギーを得ます。この際に有機物に含まれる炭素(C)の2/3が呼吸として排出されます。

微生物は残った有機物を使い、体を大きくしたり、分裂するための材料にします。
(※1)
微生物の体は、糸状菌はC/N比9~10、細菌・放線菌はC/N比5~6程度と言われているので、今回は間をとってC/N比7とします。

体を大きくするために、有機物から炭素(C)7に対して窒素(N)1の割合で使っていきます。今、体に残っている炭素(C)は14、窒素(N)は2なのですべて使い切ることができます。よってこの牛ふん堆肥を入れた場合、微生物の活性が上がることがわかります。

ではC/N比の低い②魚カス肥料を入れた場合はどうでしょうか?

微生物が取り込み呼吸として排出するまでは同じですが…

体の中に残った炭素(C)は14、窒素(N)は14となり、体を作るため炭素(C)7に対して窒素(N)1の割合で使うと窒素が12残ることになります。この窒素は土壌に排出され、作物の栄養として使われます。よって有機質肥料を用いると、微生物の活性が上がるだけではなく窒素も供給されることがわかります。

最後にC/N比が高い③ソルゴーを入れるとどうなるでしょう?

こちらも微生物が取り込み呼吸として排出するまでは同じですが…

体の中に残った炭素(C)は14、窒素(N)は1となり、体を作るため炭素(C)7に対して窒素(N)1の割合で使うと炭素が7残ることになります。この炭素は外に排出することができず、微生物は体の一部にしようとするため、足りない窒素を外から引っ張ってきます。これが「窒素飢餓」の状態です。
一般的にC/N比が20を超えてくると窒素飢餓を起こしやすくなると言われています。イネ科の緑肥や麦稈、稲わら、落ち葉など明らかに硬く繊維質なものを圃場にすき込む際は注意が必要です。また、これらの分解を進めるためにすき込む際に硫安や石灰窒素の様な窒素肥料を施すことも有効です。当社ではより効果的な方法として、有機物の分解が得意なバチルス菌と窒素の併用を提案しています。

有機物の施用は、微生物を活性化させ、またすでに土壌中にある腐植物質の維持にも繋がります。しかしながら、土壌改良と作物生産を並行して行う場合、いつどんなものをどのくらい圃場に施用するかが作物の生育に大きく影響を与えます。限りある時間の中で作業を進め、作物をスムーズに育てるために「バチルス菌+窒素入り資材」の導入を検討してはいかがでしょうか?